いせログ

書きたいことを書きたいままに。

チュウトハンパヤロー。

「このままじゃいっせいは中途半端野郎だ」

 

前勤めていた会社の人事に言われた言葉だ。仕事を辞めたいと伝えて言われた言葉。

 

普段はとても優しい人で、お母さんみたいな人だった。だから、てっきり次やりたいことに対して応援してくれると思っていた。そんな人から言われた言葉だからこそ、ぼくの記憶に残っている。

 

たしかに、前の職場ではとくに大きな成果を残せなかった。毎日欠かさず入り口近くの席で、出社してきた人に挨拶をしたことくらいだ。仕事の全容だって全て把握したとは言い切れない。仕事の面白さはそこから体感できたのかもしれない。

 

でもぼくはその職場で「中途半端野郎」だったことに誇りをもっている。

 

 

中途半端であること、それはすごく悪いことのように捉えられる。でも果たしてそうだろうか。中途半端という側面だけ見ていたらたしかに褒められたものではないのかもしれない。

 

でもほんとにやりたいことが横にあるのに、その気持ちに嘘をついて、ここまでやってきてしまったからもったいないと区切りがつくまで続けるのが正義なのだろうか。

 

ぼくは食べているパンがまずいことに気づいて、美味しいケーキを見つけて、ケーキを食べはじめた。食べかけをもったいないと言う人はいるだろうが、自分がハッピーなのはケーキを食べているときだ。

 

「頑張れ」「中途半端になるな」

 

なんて無責任な言葉たちが飛び交う。

でも彼らは自分の人生に責任をとってくれるのか。

 

「中途半端になるな」

 

中途半端になる場所があってもいい。

頑張る場所は自分が決めていい。

 

「中途半端ヤロー」

 

あそこでは中途半端だったけど、この場所で一流になろう。

 

「チュウトハンパヤロー」

 

あの言葉はぼくのことを思って言ってくれたのだろう。でもぼくはこの場所で中途半端になることを決めたのです。ぼくたちは花じゃない。咲く場所くらい自分で決めろ。

 

 

e.

 

 

モクヒョウ

塾という空間で働き始めて早いものでもう1ヶ月が経とうとしている。

 

本当に多くのことを任せてくれる職場で、もうすぐ一通りの業務を経験し終わる。入社1週間くらいで、講師の面接もした。何を聞いたらいいかわからずたじたじで、けっきょく先輩に変わってもらったが。そのあとも先輩は何がだめだったのか、手順を追って指導してくれた。

 

まだまだ力不足を痛感する場面が多く、生徒に質問されても答えられないときは悔しい。

 

それでも「ありがとう」と言ってくれたり、すごくいい顔で「先生、自慢してもいいですか?」なんて言いながら丸ばかりがついた回答用紙を持ってきたりしてくれるとうれしい。

この子たちの力になってやりたいと思うし、力になれていると感じると自分の存在意義が見出せてとてもうれしい。

 

「先生、また見せにきてもいいですか?」

 

なんて言葉を聞くと、教育という世界に入ってよかったなあと思う。

 

 

モクヒョウ

そんな空間で働くというか生きている中で、ぼくは1つの目標ができた。

 

 

半年後、塾の校舎長になる。

 

 

会社では半年というのが別に異例でもない。

十分にあり得る期間だ。あらためてそんな環境にいれることに感謝する。

 

そしてやっぱり

 

自分が理想とする学びの空間を自分でつくる

 

ということがしたいなあと思っている。

 

 

ブログという場で発信するのは、

自分に言い聞かせるためでもある。やりたいこと多すぎる好奇心旺盛人間のぼくは、なんにでも飛びつく。やりたいことをやりたいときにやって、会いたいときに会いたい人に会う。そんな性格だから計画性など皆無だ。

 

でもいまは選択と集中の時期かな。

この目標を最優先にして、これから半年は生きていこうと思う。

 

 

にすると書いて、叶う

 

 

夢を叶えるため、目標を叶えるため、ぼくは少し口うるさいくらい言い続けよう。明確な目標ができてあとは逆算するだけだ。ああわくわくするなあ。人生楽しいなあ。

 

 

今日も空が青い。

今日もどうやら生きている。

 

 

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ねえ。

ぼくには名前がある。

 

森越一成

 

とても気に入っている。「一つのことを成す」そんな想いがこもっているらしい。森越と呼ぶ人がいたり、いっせいと呼ぶ人がいたり、いっちゃんと呼ぶ人がいたり、はたまた団体の影響でぶらんちなんて呼ぶ人がいたりする。

 

 

名前って不思議だ。

いつも苗字で呼んでいる人を下の名前で呼ぼうとするとちょっとドキドキする。慣れてしまえばなんてことないんだけど。いつも呼ばれていない名前で呼ばれるとどきっとする。

 

 

お父さんのことを初めて親父と呼ぶ瞬間。そこにはいつも名前を呼ぶときにはない感情の振れ幅がある。

 

 

ものが先か。言葉が先か。

こんなテーマの文章を誰しも現代文の文章で読んだことがあると思う。

 

たとえば「りんご」というものがあったとき、物体があるから名前をつけるんだけど、ほかの「みかん」とか「なし」と違うというのを認識できるのは、名前があるから。

 

外国では虹を6色と言う人たちがいる。それは「藍色」という言葉がないからだ。言葉がないから青色と藍色は同じものだと認識する。白と黒という言葉しかなかったらぼくたちの世界はいつまでもモノクロのままだったのかな。

 

 

 Christmas walk

 


 これはとても面白くて、

ぼくという人間はたとえ名前がなくても実在しているのだけど、でもいまのような人間になっていなかったと思う。一成という名前をつけられて、ぼくは一成っぽく生きてきた。一成にフィットするように生きてきた。

 

それはもちろん意識などしてこなかったのだけど、いろんな人から名前を呼ばれるたびに一成を無意識的に意識して、一成っぽく生きてきた。

 

 

名前の力は強い。

 

言葉の力は強い。

 

 

でもその話とは逆説的だけど、ぼくは言われると好きな言葉がある。

 

 

ねえ。

 

 

ねえ。という言葉からはじまって何気なく連鎖するLINE。ねえ。と呼ばれて、まったくぼくのこととは気づかずに、「君のことだよ」なんて言われてはじまる恋があってもいいかも。

 

 

そのよそよそしさと、適度な距離感。でも確実に距離のある相手には言えない親しみをもちあわせた素敵な言葉だと思ってる。

 

 

ちゃんと名前を覚えてほしい。ぼくがぼくである限り。でも10回に1回くらいはこんな雑さでぼくのことを呼んでほしい。

 

 

ねえ。

 

 

【ネタバレあり】彼女がその名を知らない鳥たち。

先日、また素敵な映画と出会ってしまった。

 

それが

彼女がその名を知らない鳥たち

 

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主演が蒼井優阿部サダヲ。この時点でもういい映画かもしれないと思ってしまうところがすごい。阿部サダヲに関してはぼく自身あまり出演作品を観ていないが、蒼井優に関しては「オーバー・フェンス」を観て魅了された。ふつうに蒼井優が演じるさとしに恋をしてしまった。しょーじき蒼井優の容姿はそれほどタイプではないが、恋をしてしまった。それほどさとしは魅力的だった。

 

 

そんな蒼井優が主演ということで期待度も高かった本作。

 

映像作品として、素晴らしいとしか言いようがなかった。エンドロールが流れているとき、この作品好きだなあと思わせてくれる作品だった。

 

作風で好き嫌いが別れる映画だとは思うが、蒼井優阿部サダヲの演技力はもちろん、その2人の演技を最大限に引き出す演出がところどころで際立った。

 

 

本作を観て素直に思ったのは、

 

 

「自分より大切だと思える人に出会いたい。」

 

 

ぼくはまだ自分が1番かわいくて、自分が1番好きだ。だがこの作中で阿部サダヲ演じる陣治は、愛する人に必死に生きて欲しいがために、自分の命を自ら断つ。

 

 

「おれを生んでくれ」

 

 

という言葉を残して。こんな言葉言えない。

こんな映画の終わり方は今まで初めてで、とても衝撃的だった。「あなたはこれを愛と呼べるのか」というキャッチコピーの通り、死んでしまったら意味がないじゃないかと思う人もいるかもしれない。でもぼくは「紛れもなく愛だ」と思ってしまった。

 

愛した人に生んでもらう。それは愛した人から無償の愛をもらえるということ。それは陣治にとって1番の幸せなのかもしれない。陣治は死ぬことによって1番の幸せを手に入れた。

 

 

あなたは自分の命を投げ打ってでも生きて欲しいと願う人はいますか?

  ぼくも子どもができたら自分より大切な人ができるのかもしれない。でも現時点で自分の命を投げ打ってまで生きて欲しいと思える人はいない。それだけが愛の形ではないのだけど、その事実がとても悲しくも思えるのだ。

 

 

この作品が最も優れていると思うのは、終始クズばかりがでてきて、「生きづらさ」を感じる作品でありながら、1番最後にこの世で考えうる最高の愛の形を提示してくる点だ。陣治から十和子に対する愛が溢れるシーンが次から次へとスクリーンに映し出され、愛。愛。愛。愛だよ。愛と呼べるよ。最低な男じゃない。ここに誰よりも愛のある人間がいるよ。ということを観客に叫ばせることに、広報の段階から仕込んで成功させたなんと入念な映画だろう。

 

 

 

「自分より大切だと思える人に出会いたい。」

 

 

 

そのとき欲張りなぼくは、彼女と寄り添うように生きていく生き方を選ぶのだろうけど。

 

 

学ぶって気持ちいい。

ぼくはいわゆる優等生だった。

 

自慢じゃないけどとか言っても自慢に聞こえるから、自慢だけど、大学は名古屋大学だ。あ、でもそんな威張れたもんじゃないか。東京の人は知らないか。

 

ただぼくは小学校のころから、容姿や恋愛やスポーツやアートで敗れた相手に対して勉強という武器で立ち向かって、幾多の敵を倒してきた。ぼくにとって勉強は他のコンプレックスを守る武器のようなものだった。

 

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でも大学に入ると、学ぶことをやめ、周りに流されていわゆるウェーイ大学生を満喫した。楽しかったなあ。あれはあれで。

 

でもいま思うのは、ぼくは学ぶことが好きだ。大学生時代、就活中はずっとなぜか否定してきた。でも小中高と12年間ぼくはずっと欠かさず学んでいた。塾という場所で仕事をはじめて、挫折しながらも一生懸命になって学ぶ高校生たちに囲まれて思い出した。

 

未知なことと出会える既知と既知がつながる「学ぶ」という行為が好きだ。

 

「学ぶ」とか「勉強」とか言うと拒絶反応を示す人がいるかもしれない。でも本来知らないことを知るって楽しいわけで、だから子どものころ石の下をほじくり返してダンゴムシを発見したり、知らない隣町まで自転車をすっとばしたりした。自分だけが知っていることを「秘密」と呼び、身内しか知らない秘密基地を作ったり、大切な人にだけ秘密を話したりした。

 

 

「学ぶ」とか「勉強」って呼び方が悪いのかなあ。さいきんでは「エデュケーション」と「エンターテイメント」を掛け合わせて「エデュテイメント」なんて言ったりする。うんこ漢字ドリルとかがまさにそうだよね。それぐらいの気軽さがぼくは好きだなー。小さいころ、泥だんごを作ったように、秘密基地をつくったように、粘土で誰もわからない芸術作品をつくったように、学ぼうよ。

 

あー、ぼくはまだ教育について、ぜんぜん知らない。勉強しなきゃだ。

 

 

学ぶって気持ちいい。

新しいことに挑めるのは。

先日、中学校のとき登下校を共にしたメンバーたちと伊豆旅行に行ってきた。

 

 

伊豆ぐらんぱる公園で童心にかえって遊んだり、昔話をしたり、伊豆じゃなくてもできるサッカーをしたり、小学校で歌った歌を合唱したり、卒業文集を読んだりした。

 

 

最高に楽しかった瞬間は、サッカーをしていたとき。おそろいの七色のパーカーを着て、少し恥じらいながら、でもサッカーをしていたら、周りの目など忘れて7人の世界に入って、その瞬間を楽しみきった。ぼくたちのグループ名は「miss you」だ。みんなの頭文字をとって「miss you」。「あなたが恋しい」とってもキザだ。ぼくたちのようなガキっぽいグループには不釣り合いかな。

 

ノーバンで15回つなごうなんていう試みをして、お互いに鼓舞しあったり、ちょっと馬鹿にしたり、ちょっとした青春だった。さいきん求めていたのは、こんなことだったのかもなあとか思ったりもした。安心するなあ。

 

 

今回の帰省を通して感じたのは、居場所があるってこと。もしかしたらぼくの思い上がりなのかもしれないけど、仲のいい人だと甘えてしまう典型的A型なぼくを、子供のころから変わってしまったぼくを、受け入れてくれる人たちがいる。

 

 

転職すると言って心配をかけて、「心配だよー」と言いつつも、やりたいことを応援してくれる両親。ほんとうに一心の愛で育ててくれたおかげで、ぼくはぼくのことを好きでいられるなあ。ほかにも中学のときのクラスメイト、高校のときの部活の友達、中高のときただすれ違ってただけなのに母校がおなじというだけでなんか通じ合える人。ここにいていいんだ。会いたい人はいくらでもいる。

 

 

新しいことに挑めるのは、帰ってこれる居場所があるから。

 

 

これは失敗したときの保険でもなんでもなく、そんな居場所があることをただひたすらに感謝したい。なんとかなるっしょと思えるのはいつも周りの人がいるから。でもやっぱりしんどいときはまた戻ってきていいかな。また頼ってもいいかな。

 

 

さあ、また都会に戻って挑戦を続けよう。なんでもあるけど、何かがない街TOKYOに戻ろう。住んでいるのは千葉なのに、こうやってまた東京なんて背伸びする。

 

 

新しいことに挑むのは、まだ見ぬ世界と出会うため。前見た世界に新しい色を加えるため。

 

 

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ぼくの夢【下】

ぼくはある広告制作会社でPM(プロダクションマネージャー)という仕事をしていた。

 

簡単に言うと、

CMやwebムービーの企画から納品までの製作進行管理を行う仕事だ。

 

何か映像作品を作るとなったとき、

監督のアサイン、企画の提案、撮影場所のリサーチ・交渉、出演者の依頼、オーディション、撮影に使う道具の手配、資料の作成、撮影現場での仕切り、編集作業など業務は多岐にわたる。

 

もちろん定時という概念はなく、

家と会社を往復して、休日は友達と遊ぶかそんな気力もなくのんびりしているかの日常を過ごしていた。

 

 

焦り

ぼくには目的がなかった。

プロデューサーになりたいわけでもなく、監督になりたいわけでもない。会社にとくになりたい姿の大人もいない。

 

4月に入社したときのわくわくはどこにもなかった。終わりの見えないトンネルの中をひたすら走っているような感覚だった。

 

「それが社会だ」

 

そう思えば楽になれる気がしたけど、

そうは思いたくなかった。そうなったら何かが終わってしまう感覚があった。そんなとき2月に抱いた自分の夢を思い出した。

 

 

あの夢はいまの会社で実現できるか。

そもそも自分がきらきらしてないじゃないか。

そんな自分が人を輝かせることなんて出来ない。悩んで悩んで、

 

ぼくは上司に仕事を辞めたいことを伝えた。

 

 

船出

E domani...

会社を辞めることを決めた後ぼくはしょーじきわくわくしかなかった。次は何をしよーか。まるで旅中に次の行き先を決めるような感覚だった。

 

ただ自分が掲げた

「やりたいことや夢を気軽に発信し、実現できる社会」

という目的地だけは見失わないようにしていた。

 

その目的地にたどり着くための手段の1つとして、ぼくは教育に興味を持ち始めた。

 

 

「自分のやりたいことがわからない」 

 

 

さいきんそういう同年代の人たちに会う。それはなにが原因なのかといったら、いろいろあるけど一番は教育だと思う。とても閉鎖的で触れる大人といったら学校の先生だけ。そんな環境の中で育ったら社会にでて働くイメージができないのも当たり前。大学受験が終わったらその開放感で遊んで、気づいたら就活で、そこでやっとどんな業界があるのか、どんな会社があるのか、調べ始める。それが大方の現状だと思っている。

 

だから高校生の段階でもっと多様な大人と触れ合える機会を設けたいと思っている。もっと多くのことを経験できる場を設けたいと思っている。そこで自分のロールモデルとなる生き方を見つけたり、なんとなくこの業界好きだなーとかを見つけたりして、学力っていう一つの軸じゃない大学進学の仕方ができればなーと思っている。

 

 

これはぼくのたった23年の経験の中でできた夢だ。これから新しい経験をして、もしかしたら考え方が変わるかもしれない。甘い考えだってのもわかってる。しょーじき掲げる夢はこれでいいのかと不安になることもある。教育に興味をもっていろいろな人とあって、教育の現状を少しだけど知って、そんな簡単じゃないこともわかった。でも夢を軌道修正したり、一度立ち止まったりしながら、前に進めばいい。完璧な夢なんて作れない。

 

 

だからぼくは自信をもって進んで、まずは社会とか大きなものじゃなくて目の前の生徒と全力で向き合ってみようと思います。だからぼくは自信をもって言います。

 

ぼくの夢は、

 

 

「夢ややりたいことを気軽に発信し、実現できる社会をつくること」です。

 

 

 

社会という大海に木製の小さなイカダで、頼りない手つきで、でも力強く漕ぎ始める。